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章太郎さんの人生の折れ線グラフ

章太郎さんの人生の折れ線グラフ

章太郎さんの人生の平均点

38点
章太郎さん(男性)24歳

章太郎さんの人生グラフの出来事詳細


0~5歳期:50点
母いわく、なかなかオムツが取れない子だったらしいです。引っ込み思案でいつも誰かの後ろに隠れていました。
5~10歳期:70点
小学校に通うことは楽しかったような気がします。両親が共働きだったため、学童保育施設に行っていました。小学四年生から野球を始めて、新しい友達もできました。
10~15歳期:60点
中学に入ってからも野球を続けました。初恋もこの頃でした。弱小ながらもエースピッチャーとして、それなりに楽しく過ごしていました。
15~20歳期:10点
初恋が実ったのは中学三年生の時でした。しかし僕は野球の推薦で早々に高校が決まっていたのに対し、彼女は一般受験の勉強に専念したいという理由ですぐに別れることになりました。
高校生になって初めて丸坊主にして、高校野球の世界へ飛び込みました。が、そこは想定していたよりも厳しい世界でした。あまり思い出したくありませんが、陰湿なイジメが横行していました。毎日逃げ出したいと思いながら、気がつけば最後の夏の大会が終わっていました。まわりはよくやり遂げたと褒めてくれましたが、ただ義務感でやっていただけで主体性がなく、この経験が良いものだったか自信がありません。
とにかく野球が嫌いになり、野球から一番遠いところに進学したいという理由で、芸術系の大学を志します。今考えるとめちゃくちゃな理由だと思います。高校三年の夏から、それまでろくにしてこなかった勉強を一からやり直して、なんとか第一志望校に合格します。そ
20~25歳期:0点
大学三年生になり、キャンパスが田舎から都会へ移りました。すると地元の友達とは疎遠になり、大学の友達と親密になりました。大学で専攻していたことも一定のレベルまでなんとか持っていくことができるようになると、今度は毎晩毎晩飲み歩くようになりました。同じゼミの女の子と付き合い、煙草をふかし、酔い潰れては絶起をかますという、所謂大学生的な行動に、これまた自由を感じていました。ところが、堕落していた大学生活も終わりが見えてくると、次第に焦りを感じるようになりました。就職してやりたいことが全くなかったのです。なんとなく参加してみた合同説明会では、皆が同じ格好をしているのに大きなショックを受けました。何百人といる就活生の中で唯一自分だけが無価値な人間なのではないかという思いで、逃げ出しました。
結局、卒論を一年先延ばしにし、大学で専攻していたことをより専門的に研究していこうと大学院受験を受けることにしま

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